戦後から現代までの日本史【第一章/第二回】

1.2 経済の混乱とインフレの現状

目次

戦後から現代までの日本史:経済復興・文化・政治・社会の変遷【第一章/第一回】

戦後から現代までの日本史:経済復興・文化・政治・社会の変遷【第一章/第一回】

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1.2.1焼け野原と貨幣の無力化

1945年の敗戦により、日本の経済基盤は徹底的に破壊された。工業都市は空襲で焼け野原となり、生産施設も交通網も壊滅状態。農村でも戦中の徴用や供出が続き、農業生産力は著しく低下していた1。人々は生活物資を手に入れる術を失い、都市部では日常生活に必要なものすら市場で手に入らない状態が続いた。敗戦国とは、つまり「通貨はあるけど信じられない国」のことである。


このような状況下で、日本は深刻な物資不足とインフレーションに直面する。敗戦によって政府の統制経済は崩れ、マーケットには物がなく、しかし通貨は過剰に出回っていた2。軍需に使われていた巨額の財政支出はそのまま放置され、終戦と同時にそれが民間に流れ込む形となった。しかも、戦争末期には政府が赤字国債を乱発し、実質的に通貨を増刷しまくっていた。つまり、中央銀行が「経済ヤバい? よし、とりあえず札刷っとけ!」という実に愚直な対応をしたわけである。

1.2.2闇市と物々交換のサバイバル

物価は1945年から1949年にかけて文字通り跳ね上がった3。公定価格と闇市価格の乖離も顕著で、正規ルートで買える物品はほぼ存在せず、人々は闇市で日用品や食料を調達することを余儀なくされた。終戦直後の東京や大阪では、街のあちこちに闇市が乱立し、「今日の米は今日のうちに」というサバイバルが繰り広げられていた。正直、国の経済政策よりも、個人のコネと体力のほうが重要だった。理屈より度胸がモノを言う時代である。


こうした混乱の中で、日本政府とGHQは幾つかの経済安定策を講じることになる。だが、初期の対応は焼け石に水だった。例えば食糧難に対する配給制度も、供給が追いつかず実質的には形骸化4。人々は農村に「買い出し列車」で出向き、農民と物々交換で食料を得るという昭和の珍習慣が発生する。米の代わりに時計や衣類が田舎に流れ、代わりに芋や麦が都市に戻ってくるというこの光景は、貨幣経済の敗北を象徴していた。経済学者がこの時代に何を学べたかは謎だが、確実に「腹は学問に勝る」ことだけは学べたはずである。

1.2.3ドッジ・ラインと経済の更生施設化

そして1949年、日本経済の転機となるのが、GHQの主導で実施された「ドッジ・ライン」である。この政策は、アメリカ人銀行家ジョゼフ・ドッジ5によって導入されたもので、超緊縮財政によってインフレの抑制と財政の健全化を狙った。内容はシンプルにして苛烈で、補助金の廃止、赤字財政の徹底排除、均衡予算の実施という三拍子そろった経済デトックス。

経済の回復というより、経済に「禁酒禁煙の更生施設」を押しつけたようなもので、多くの企業がバタバタと倒産し、大量の失業者が生まれた。これがいわゆる「ドッジ不況」6である。戦後最大の「ショック療法」であり、日本国民は「もう物価高も地獄だったけど、緊縮も地獄じゃねえか」と両方の地獄を味わうことになる。おかわり自由、味は苦い。


ただ、このドッジ・ラインによってインフレは急速に収まり、やがて朝鮮戦争を契機とする特需景気へとつながっていく。つまり、戦後の経済混乱期は、「物がない→金も意味ない→政府はあてにならない→でも何とかする」みたいな無限ループの時代であり、それでもどうにか乗り切ってしまうのが日本人の恐ろしいところである。おにぎり一個で一日働くのが当たり前だったその時代、人々が持っていたのは通貨でも株でもなく、執念と根性という、最も高騰しない資産であった。


このようにして、日本は敗戦後の数年間、まさに“経済的カオス”の真っ只中で苦しみ抜いた。しかしそれが、後に訪れる高度経済成長のための「浄化の儀式」のようにも見える。火を通さなければ旨くならない肉のように、経済も一度完全に焼かれたあとに、ようやく再生の下味がついたのだ。そう考えると、少しは報われた気になる…かもしれない。しないか。まあ、少なくともマシな出発点だったことは確かだ。

戦後から現代までの日本史:経済復興・文化・政治・社会の変遷【第一章/第三回】

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参考:

日本占領史1945-1952 – 東京・ワシントン・沖縄 福永 文夫 (著)

戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)

日本経済史1600-2000: 歴史に読む現代 浜野 潔 (著)

ポスト戦後日本の知的状況 (講談社選書メチエ) 木庭顕 (著)

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