戦後から現代までの日本史【第五章/第一回】

目次

戦後から現代までの日本史【第一章/第一回】

戦後から現代までの日本史【第一章/第一回】

戦後直後の日本(1945〜1950)

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戦後から現代までの日本史【第二章/第一回】

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高度経済成長期(1950〜1973)

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バブル経済期(1986〜1991)

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戦後から現代までの日本史【第四章/第一回】

戦後から現代までの日本史【第四章/第一回】

失われた10年とデフレ時代(1991〜2001)

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5. 小泉改革と構造改革(2001〜2006):新自由主義の衝撃

2001年、政治の世界に異物感たっぷりの総理大臣が誕生する。そう、小泉純一郎である。ロン毛にスーツ、歯切れのいいフレーズ、そして何より“自民党をぶっ壊す”という宣言とともに、彼は登場した。正直、最初は「なんか変な人が出てきたな」くらいの空気だったが、そこから日本政治はエンタメ化と構造改革という名の荒療治に巻き込まれていく。

小泉政権の時代は、日本がバブル崩壊後の長いトンネルから抜け出すために選んだ「強い薬」の時代だった。彼のキャッチコピーは「聖域なき構造改革」。要するに、どこが痛かろうと腐っていようと、必要なら遠慮なく切るぞという宣言だった。そしてその“手術”のベースとなったのが、新自由主義的な発想、つまり**「政府は余計なことをするな」「競争こそが全てを救う」**という、市場原理主義的な経済思想である1

ここから日本社会は「公」と「民」の境界を一気に見直し、「官から民へ」「規制から自由へ」というスローガンのもと、あらゆる分野で**“効率”と“成果”の論理**が導入される。企業も役所も学校も病院も、「お前、何を生み出してんの?」と問われる社会になった2。誰もが“数字”で測られる世界の始まりであり、それは一部の人には痛快で、一部の人には地獄だった。

この章では、小泉改革の代表作である郵政民営化から、格差拡大、非正規雇用の増加、政治のショービジネス化、そしてアメリカとの距離感の変化まで、“改革”という名の社会リフォームの光と影を追いかけていく。

5.1 郵政民営化と「聖域なき改革」

5.1.1 小泉純一郎の登場と「改革」のエンタメ化

2001年、総理大臣・小泉純一郎の口から放たれた名言――
「聖域なき構造改革」
この一言で、日本中の既得権益はソワソワし始め、官僚は眉をひそめ、政治評論家はスーツの襟を正し、国民は「よく分からんけど、なんか面白そう」とテレビにかじりついた。

そしてその改革の象徴かつクライマックスが、後の日本社会を揺るがす一大イベント、すなわち郵政民営化である3

では、そもそもなぜ郵便局? という話になる。普通に考えて、改革の目玉が郵便って地味すぎない? だが当時、郵便局は郵便・貯金・簡易保険の三本柱を備えた“日本最大級の官営経済装置”であり、全国2万4000局のネットワークに、お金・人・票が詰まった巨大な利権エンジンだったのだ4

要するに、郵政は単なる郵便屋じゃなくて、**“政治とカネと票のオールインワン装置”**だったわけだ。

5.1.2 郵政民営化の背景と選挙戦略

小泉はこの構造を、「民間でできることは民間で」と切り捨てにかかった。官が無駄にでかすぎるから経済が回らない。だから民に任せろ。ついでにお前らの古い仕組みも全部ぶっ壊す。この破壊願望に満ちたメッセージは、時代の空気にハマった。不況、不安、政治不信――全部まとめて「改革しようぜ!」とぶっ放したわけだ。結果、国民はなぜか拍手喝采。

そう、小泉は“改革の中身”より“改革を叫ぶキャラ”として支持された。

当然、自民党内では猛反発が起きる。田中真紀子とバチバチになり、反対派議員から「郵政民営化は愚策だ」と連日叩かれ、党内が真っ二つに分裂。ここで小泉は国会解散→総選挙という荒業に出る。2005年、彼は郵政民営化に反対した自民党議員を公認から外し、対立候補に“刺客”を送り込むという、実質的な粛清戦略を実行5。これはかつての自民党の「和をもって尊しとする」文化を木っ端微塵に砕く事件だった。

この選挙、小泉は**「郵政民営化に賛成か反対か、それだけを問う!」という極端な争点一本化で突っ走り、なんと自民党は圧勝**する6。国民もなぜかノリノリで、小泉の支持率は70%超え。選挙はほぼ“改革ショー”。政治が政策よりも演出で動く時代が、ここで完全に到来した。

5.1.3 郵政民営化の影響と新自由主義の副作用

では、郵政民営化の中身は何だったのか。
・郵便局ネットワークを維持しつつ、
・郵便事業、郵便貯金、簡易保険を分社化し、
・持ち株会社のもとで段階的に完全民営化する――という大規模な再編だった7

これにより、2007年には日本郵政グループが発足し、郵貯と簡保の資金が「国の財布」から「市場の財布」へ移されていく。要するに、「官が牛耳ってた巨大マネーを、自由競争の世界に解き放った」わけで、これは新自由主義的には正義だった。

ただし、問題はその副作用である。
郵政の民営化によって、確かに効率化や透明性は進んだが、同時に地方の生活インフラとしての郵便局の意義が薄れ、過疎地のサービス低下、非正規雇用の増加、そして「結局、民営化しても大企業になるだけじゃね?」という虚無感が広がった8

そして何より皮肉なのは、この郵政民営化を推し進めた小泉自身が、「やりきった」と言って政権を去ったことだ。実行した本人は去り、残されたシステムと現場は、混乱と手探りで運営されることになる。まるでリフォーム業者が壁を全部ぶち抜いて去っていった後に、住人が天井から漏れてくる水に対応しているような状況だった。

郵政民営化は「改革そのものが目的化した」日本政治の分岐点だった。実効性や長期的なビジョンよりも、「変えること」が正義とされた。小泉というカリスマがいたから成り立った改革であり、それはカリスマが去った後に残された、いびつな自由市場のかたちでもあった。

戦後から現代までの日本史【第五章/第二回】

戦後から現代までの日本史【第五章/第二回】

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出典:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析 野口悠紀雄(著)
デフレの正体 経済は「人口の波」で動く 野口 悠紀雄 (著)
増補新版 歴代首相物語 御厨 貴 (編集)
政党政治の混迷と政権交代 樋渡 展洋 (編集), 斉藤 淳 (編集)
最新版 改正労働者派遣法がわかる本 【全条文付】 大槻 哲也 (監修), 加藤 利昭 (著)
小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法 大嶽秀夫 (著)
小泉純一郎と安倍晋三 超カリスマの長期政権 大下英治 (著)
小泉純一郎と竹中平蔵の罪 佐高信 (著)
比較外交政策 イラク戦争への対応外交 櫻田大造(編著),伊藤剛(編著)

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