戦後から現代までの日本史【第五章/第三回】

5.3 派遣労働と非正規雇用の拡大

目次

戦後から現代までの日本史【第五章/第二回】

戦後から現代までの日本史【第五章/第二回】

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5.3.1 派遣労働の規制緩和と「使い捨て」雇用モデルの登場

「雇用の多様化」――これは、一見すると前向きな表現だ。選べる働き方、柔軟なライフスタイル、自由なキャリア設計。聞こえはいい。でも、2000年代の日本で進行したその実態は、「正社員にしないための制度の整備」だった。

つまり、「非正規雇用」という名の使い捨て労働者の公式ルートが、本格的に整備された時代。それが小泉改革期の影であり、長期的には日本社会に労働の地殻変動レベルのダメージを与えることになる。

そもそも派遣労働は、戦後長らく「一部の専門職に限る」という超限定的な存在だった1。ところが、1999年の労働者派遣法改正で対象業種が原則自由化され2、さらに2004年の改正では、製造業への派遣も解禁3

つまり、「工場でラインに入って作業する人まで、派遣でOK」という時代になった。これは明確に一線を越えた4

企業側からすれば、これは天国である。
・正社員より安い
・クビを切るのが簡単
・福利厚生も不要
・教育も外注化できる
ついでに「景気が悪くなったら契約終了」で調整も簡単。

要するに、「都合のいい“働く商品”が手に入る」ということだった。

5.3.2 非正規雇用の拡大とライフプランの崩壊

その結果、日本の非正規雇用率はじわじわと上昇し、2000年代半ばには労働者の3人に1人が非正規という時代に突入する5。かつて「安定」が前提だった雇用に、「流動性」という名の不安定さがシステムとして組み込まれた。

しかも、非正規にはボーナスがなく、昇進もなく、退職金もなく、そもそも長く働いても報われない。夢と希望が一切入っていない労働パッケージである。

問題はそれが「自己責任」で片付けられていったこと。
派遣で働いている人に対して、社会全体がどこかで「なんで正社員にならなかったの?」という目を向けた。つまり、仕組みの問題ではなく、個人の選択ミスとして処理された。

でも考えてみてくれ。正社員の枠が減ってるのに、みんながそこに入れるわけがない6。これは努力でどうにかなる話ではなかった。

にもかかわらず、非正規は自己責任、正社員は勝ち組――この構図がメディアでも教育でも再生産されていった。

特に深刻だったのが、若者の人生設計が崩壊したことだ。
正社員としてのキャリアが積めないまま年齢を重ねると、企業はさらに採用を渋り、住宅ローンも組めず、結婚にも消極的になる7。年金や保険も不安定で、老後のビジョンが描けない。

つまり、非正規という働き方は、目の前の賃金だけでなく、未来そのものの構築権を奪っていく。

5.3.3 派遣切りと制度疲労:働くことの安心が消えた時代

2008年のリーマンショックでは、それがさらに顕在化する8。「派遣切り」という言葉が社会を飛び交い、契約が切られて寮も失い、住む場所すらなくなる人が続出。

年越し派遣村という現象がニュースをにぎわせ9、ようやく日本社会は、「あ、派遣ってこんなにやばかったんだ」と気づく。でも、すでにそれは制度として定着していた。

非正規雇用は今も増え続けている。
「自由な働き方」「副業解禁」「フレキシブル」――今もポジティブな言葉でラッピングされているが、その中には明確な格差と、取り返しのつかない人生の分岐が含まれている10

小泉改革は、確かに官のムダを削った。だが同時に、個人にすべてのリスクを丸投げする仕組みを合法化した。
派遣と非正規の拡大は、単なる“労働形態の進化”なんかじゃない。
それは社会が「安心して働ける」ことを諦め始めた瞬間だった。

戦後から現代までの日本史【第五章/第四回】

戦後から現代までの日本史【第五章/第四回】

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出典:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析 野口悠紀雄(著)
デフレの正体 経済は「人口の波」で動く 野口 悠紀雄 (著)
増補新版 歴代首相物語 御厨 貴 (編集)
政党政治の混迷と政権交代 樋渡 展洋 (編集), 斉藤 淳 (編集)
最新版 改正労働者派遣法がわかる本 【全条文付】 大槻 哲也 (監修), 加藤 利昭 (著)
小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法 大嶽秀夫 (著)
小泉純一郎と安倍晋三 超カリスマの長期政権 大下英治 (著)
小泉純一郎と竹中平蔵の罪 佐高信 (著)
比較外交政策 イラク戦争への対応外交 櫻田大造(編著),伊藤剛(編著)

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