戦後から現代までの日本史【第五章/第五回】

5.5 アメリカ追従と対外政策の転換

戦後から現代までの日本史【第五章/第四回】

戦後から現代までの日本史【第五章/第四回】

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5.5.1 対テロ戦争への支持とイラク派遣:日本外交のタブー突破

小泉純一郎という政治家の本質は、国内では「改革者」だが、外交では完全に「アメリカびいきのガチファン」だった。本人は“日米関係の深化”と言い、マスコミは「個人的信頼関係」と持ち上げたが、要するに「めちゃくちゃ従順で好感度の高い隣人」ムーブである。

とくに注目されたのが、アメリカの対テロ戦争への全面的な支持である1

2001年、アメリカで同時多発テロ(9.11)が発生すると、小泉は即座にブッシュ政権への支援を表明。自衛隊をインド洋に派遣し、後方支援活動に従事させる法律(テロ対策特別措置法)を成立させるなど2、戦後日本が初めて「戦争っぽいこと」に直接的に関与する大きな転換点となった。

2003年、ブッシュ政権が「イラクに大量破壊兵器がある」と主張してイラク戦争を開始すると、小泉はこれにもあっさり同調。

日本はアメリカの戦争に“政治的には”同行した3。後に「大量破壊兵器はなかった」と明らかになるが、小泉はノーコメントで通す。

5.5.2 イラク派遣と憲法の曖昧化:国是の再定義

極めつけは自衛隊のイラク派遣。これがまさに、戦後日本の外交・安全保障政策のタブーを次々に踏み越える決定だった4

自衛隊が海外の“戦地”に派遣されるのは戦後初。建前上は「復興支援」だが、派遣されたのは紛争中のサマーワ地域。当然、憲法との整合性、武力行使の範囲、民間人の安全確保など、ツッコミどころ満載の状況だった。

なのに、この一連の対米追従路線は国内でそこまで大きな反発を受けなかった。なぜか。

一つは、小泉が“演出の天才”だったから。
もう一つは、日本社会全体が「アメリカの機嫌を損ねるのが一番怖い」という戦後メンタリティを、なんだかんだで引きずっていたから5

小泉はそこに異論を挟むことなく、むしろ明確に「アメリカと一心同体」をアピールし、ブッシュとの個人的な親交(ランチにハンバーガーを選んだというどうでもいい逸話含む)を通じて、日米関係の“ブランド化”に成功した6

5.5.3 北朝鮮外交と遺された矛盾:小泉流リアリズムの功罪

外交上の実利もあった――拉致問題に関しては2002年、北朝鮮訪問を実現し、金正日との会談で拉致の事実を認めさせ、5人の被害者が帰国7

これは小泉外交の最大の成果ともいえるが、逆に言えばこの一発で他の全部が相殺されてしまった感すらある。
イラク戦争への無批判な追従、国連無視の姿勢、憲法の“事実上の解釈改憲”…
すべて「アメリカとの関係がうまくいってるから大丈夫」で押し通されてしまった。

だが問題は、その後に残った“しわ寄せ”である。
・自衛隊の海外派遣が当たり前の選択肢に
・国会の議論は事後報告が基本
・「日米関係が良好=外交成功」という思考停止フレーム
・憲法改正議論のタガが緩む

これらは、2000年代の対米追従が作った土台の上に成り立っている。
小泉時代は「戦後の平和国家としての原則」を静かに書き換えた分岐点だったのだ8

小泉政権の対外政策とは、
✔ アメリカには最大限気を遣い、
✔ 国内には説明を省略し、
✔ 結果はメディア映えでごまかす、
という、“笑顔のYESマン戦略”であり、それは支持率と引き換えに、日本の外交主体性をゴリゴリ削っていくことになった。

第六章:リーマンショックと世界経済危機(2007〜2011)へ続く

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戦後から現代までの日本史【第二章/第一回】

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失われた10年とデフレ時代(1991〜2001)

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戦後から現代までの日本史【第五章/第一回】

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小泉改革と構造改革(2001〜2006)

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出典:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析 野口悠紀雄(著)
デフレの正体 経済は「人口の波」で動く 野口 悠紀雄 (著)
増補新版 歴代首相物語 御厨 貴 (編集)
政党政治の混迷と政権交代 樋渡 展洋 (編集), 斉藤 淳 (編集)
最新版 改正労働者派遣法がわかる本 【全条文付】 大槻 哲也 (監修), 加藤 利昭 (著)
小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法 大嶽秀夫 (著)
小泉純一郎と安倍晋三 超カリスマの長期政権 大下英治 (著)
小泉純一郎と竹中平蔵の罪 佐高信 (著)
比較外交政策 イラク戦争への対応外交 櫻田大造(編著),伊藤剛(編著)

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