EUにおけるフランスの影響力とは? 【第1回:経済】

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欧州連合・フランス

目次

1. フランス経済とEU市場への貢献

フランス経済は、EUにおける「第二の巨人」として、しばしばドイツの影に隠れがちだ。だがその役割は、単なる“準リーダー”ではなく、EUという多国籍プロジェクトにとってのバランサー、あるいはエレガントなトラブルメーカーでもある。
GDPではドイツに遅れを取るものの、農業・航空宇宙・エネルギーという戦略分野でのプレゼンスは無視できず、むしろ「EUの原型を文化的・政策的に仕立てたのはフランスだ」と言っても過言ではない。

何より重要なのは、フランスが経済を通じて「ヨーロッパのかたち」を作りたがる癖を持っていること。これは理想主義か?それとも国家的ナルシシズムか?
いや、そのどっちもである。現実のEU政策は、フランスの国家戦略が溶け込んだ結果として成立している場面が多い。
ここでは、3つの象徴的分野――農業、航空宇宙、エネルギー――から、フランスがどのようにEU経済に影響を与えてきたかを見ていこう。


1-1. フランス農業とEU共通農業政策(CAP)の関係

フランスと農業、それは国家アイデンティティレベルで切っても切れない関係だ。
バゲット、ワイン、チーズ……とにかく農業が“文化”と直結してる。で、それを守るためにEUが作ったのが共通農業政策(Common Agricultural Policy:CAP)であり、CAPは実質フランス農業支援装置とも揶揄されるレベルの制度だ。

CAPは1950年代末にスタートしたEUの中でも最も古く、かつ資金規模がデカい政策分野だ。何十年にもわたりEU予算の3〜4割を占めてきた1。この莫大な予算配分の背景には、「フランスの農民を怒らせたら政権が飛ぶ」という国内事情がある。
実際、フランスの農業団体はEU内でもっとも強力で、CAP交渉のたびに“プチ暴動”を起こすことで有名2

もちろん、フランスがただの補助金乞食というわけではない。CAPの設計においては、「環境」「食の安全」「持続可能性」といったEUの理想的価値観を前面に押し出し、単なる農業支援から“グリーンな農業モデルの導入”へと進化させたという功績がある。
だが実のところ、「理想的すぎる価値観を押し通して、東欧諸国に『それは無理』と言われるのも大体フランス」という面も否めない。


1-2. 航空・宇宙産業で見るフランスのEU戦略

航空と宇宙――この2分野において、フランスはEUを“世界の技術競争”に引き込んだ張本人と言ってよい。中心にあるのはエアバス(Airbus)3という、アメリカのボーイングに真っ向勝負を挑むEU産の航空機メーカーだ。
本社はオランダにあれど、実質的にはフランスのトゥールーズが心臓部。ドイツやスペインも協力してるけど、創設者の筆頭はフランスであり、「技術で主導するEU」の象徴的存在である。

さらに、フランスは宇宙開発においてもEUの牽引役だ。

  • 欧州宇宙機関(ESA)には最大級の資金を拠出4
  • 欧州版GPS「ガリレオ計画」に深く関与5
  • アリアンロケットを通じて打ち上げインフラを提供6

フランスにとって航空宇宙は、単なるハイテク産業ではなく、「ヨーロッパがアメリカや中国に技術的に従属しない」ための戦略的投資なのだ。

ただし、おフランスお得意の“主導権を握りたがり癖”が出すぎて、他の加盟国がちょっと引く瞬間もある。宇宙開発でドイツが「もうちょっと連携しない?」と呼びかけても、「Non. 我々の設計がベストだ(訳:こっち見んな)」みたいな対応をしがち。

この分野では、「EUの力を借りて自国産業を強化し、またその成果をEUに還元する」という循環モデルを作ろうとしている――つまり、フランスの国家利益とEUの価値観をセット売りしているとも言える。


1-3. フランスのエネルギー政策とEUの脱炭素目標

次に見るべきは、エネルギー政策だ。
フランスはドイツと違って、原子力をバリバリ使う国である。フランス国内の電力の約70%が原子力発電で賄われており、脱炭素の観点では「すでに超クリーン」な部類に入る7
これがEUの「カーボンニュートラル2050」政策において、非常に独特な立ち位置を生んでいる。

ドイツが再生可能エネルギーと脱原発に全振りしていくのに対し、フランスは「原発を含めた低炭素エネルギーのミックス」で勝負するスタイル。で、何が起きたかというと――EU全体の「グリーンな定義」が揉めに揉めた。
2022年、EUが「原子力と天然ガスを条件付きでグリーン認定」したとき、中心でロビーしたのがフランスだった8
この動きに対し、ドイツやオーストリアは強く反発し、「原子力は本質的に持続可能なエネルギー源ではない」と公然と非難した。特にオーストリアは、EUタクソノミー改定に対して欧州司法裁判所への提訴まで行っており9、この問題はEU内のエネルギー政策をめぐる深刻な対立の象徴となった。

ドイツもまた、「原子力を“グリーン”と呼ぶことは世論を欺く行為だ」と厳しく批判し、再生可能エネルギー中心の転換政策への信頼が損なわれると警鐘を鳴らした。

要するに、「原発はグリーンか?」という問いをめぐり、EUはフランスの論理的ロビーとドイツ・オーストリアの倫理的反論が真っ向から衝突した状態にあったわけである。

フランスは、「脱炭素という目的のためには、自国の強みを正当化する」方向で動く。エレガントだけど、まあまあえげつない。言ってることは理屈的には正しいが、タイミングと押しの強さがフランス。もはやEU会議のパターン芸でもある。

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参考:

EU共通農業政策改革の内幕: マクシャリ-改革,アジェンダ2000,フィシュラ-改革 アルリンド クーニャ (著), アラン スウィンバンク (著)

EU・西欧 (世界政治叢書 第 2巻) 押村 高 (編著), 小久保 康之 (編著)

EUとフランス 安江則子(著)

ヨーロッパ統合史 名古屋大学出版会

  1. 2025年のEU予算におけるCAP関連支出は約538億ユーロ。これは依然として最大の個別政策枠となっている。
  2. 代表的なのはフランス全国農業者連盟(FNSEA)。政府への圧力やストライキ行動をしばしば主導する。トラクターでパリを封鎖したり、羊を市庁舎に放ったりする。
  3. エアバスは1970年にフランスとドイツ主導で設立。EU域内の航空宇宙産業の統合モデルとされる。
  4. ESAへの出資比率はフランスが最大。2022年には全体の約20%超を負担していた。2024年は13%程度
  5. ガリレオ計画はEU独自の衛星測位システム構築プロジェクト。フランスは技術・打ち上げともに中心的役割を果たす。
  6. アリアンスペース社(本社パリ)は欧州の商業ロケット打ち上げを担う機関。ギアナ宇宙センターを拠点とする。
  7. 国際エネルギー機関(IEA)によると、2024年時点でフランスの発電に占める原子力の比率65%は世界でもトップクラス。
  8. EUの「タクソノミー分類法」改定により、原子力が一定条件下で「持続可能」と認定。フランスの圧力が大きかったとされる。
  9. 2022年、オーストリア政府はEUの「タクソノミー」制度に原子力が含まれたことを違法とし、欧州司法裁判所に正式に提訴。

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