
目次
2. EU外交政策におけるフランスの役割
EUにおける外交政策の主導権を語るとき、フランスを避けて通ることはできない。いや、むしろ避けられない。
フランスは、EUの創設当初から「ヨーロッパは独自の外交力を持つべきだ」という主張を繰り返しており、NATOに全幅の信頼を置くドイツと違い、「欧州の声」を持ちたがる典型的な国家である1。
その背景には、「自分たちはアメリカではない」「でもアメリカみたいな存在でありたい」という微妙な自己認識がある。
そして、その矛盾を外交戦略としてうまく昇華してきたのがフランスだ。
ここでは3つの視点――防衛、対外政策、アフリカ政策――からフランスのEU外交戦略を読み解く。
2-1. フランス主導の防衛協力「PESCO」とは
PESCO(ペスコ)――ちょっとカフェっぽい名前だけど、正体はPermanent Structured Cooperation(恒久的構造的協力)という、EUの防衛協力枠組み。これ、実はフランスが猛烈にプッシュして生まれたプロジェクトである。
2017年、PESCOは加盟国のうち25カ国が参加して正式に発足2。
目的は「兵器の共同開発・軍事能力の標準化・軍事作戦の調整」など、要するにEU内で“自前の安全保障ネットワーク”を築くこと。
さて、このPESCO、誰のための仕組みかというと――はい、フランスです。
なぜなら:
- フランスはEU内で唯一、核兵器と常設軍事介入能力を持つ国3
- イギリスがEUを去った今、「武力で語れるEU」はほぼフランスだけ
- 「NATO頼りはもう飽きた」と公言しているフランスにとって、EU防衛の欧州化=主導権を握るチャンス
もちろん、ドイツもPESCOには乗ってるが、戦後の制約で軍事力には慎重。だからフランスが「実働部隊」になりがち。
PESCOを通じて、「ヨーロッパは軍事的にも自立するべき」という“戦略的自尊心”をEU全体にインストールしているのが、実にフランスらしい。
ただし、フランスがやりすぎると、「結局それ、EUを使った自国戦略の延長では?」とツッコまれるのはお約束。
2-2. EU対外政策におけるフランスの提言力
フランスはEUにおいて、外交方針の“案出し係”として非常にアクティブだ。
たとえば、ロシア、イラン、インド太平洋、中国、アフリカ…どの地域についても「EUとしてどうするべきか?」の最初のアイデアを出すのはだいたいフランス。
そう、他国がモゴモゴしてる間に、フランスはすでにポエムを書いている。
マクロン大統領の提唱で有名なのが:
- 「戦略的自律性(autonomie stratégique)」という概念4
- 意味:「アメリカにも中国にも頼らないヨーロッパを作ろうぜ」
このフレーズ、耳触りはいいけど、内容を詰めていくと「それで兵器はどこで作るの?」とか「予算誰が出すの?」とか、フランス以外が顔を曇らせる案件が多い。
つまり、理想論の主張と、それをEUの外交骨格にするという押しの強さがフランスの提言力の正体だ。
ただしそれがウザいだけではない。たとえば、アフガニスタン撤退時の混乱や、中国との経済依存リスクを指摘した件など、結果としてEUが後追いする形になったやかましいけど「正しかったかもしれない」提言も多い。
2-3. アフリカ政策とEU外交:フランスの影響力
フランス外交といえば、アフリカへの影響力を外すわけにはいかない。
歴史的背景(つまり植民地支配)もあって、フランスは旧フランス領諸国との関係を今でもかなり強く保持している5。
これはEUの外交政策の中でも、フランスが「地域担当大臣」みたいな立場を持っている構図とも言える。
たとえば:
- 西アフリカ諸国との安全保障協力(サヘル地域への派兵など)
- アフリカ開発支援(フランスの援助政策をEU予算と連動)
- フランス語圏国家との教育・文化ネットワーク形成
これ、EU全体から見れば「そんなにアフリカ推す?」ってレベルでフランスは熱心。
そして、EU外交方針に「アフリカへの関与は不可欠」という空気を持ち込むことに成功している。
“国家戦略としての植民地遺産の活用”という、なかなかに際どい芸当をEU内でやってのけるあたり、フランスは本当に外交の手練れだ。
ただし、ここ数年ではアフリカ諸国側の「脱フランス」運動もあり、ニジェールやマリとの関係は悪化傾向。
EUとしても「フランスの都合に振り回されてる感」が強まり、再調整の兆しもある。
まとめると:
フランスは、EU外交において「うるさいけど考えてる」存在であり、
- 武力→出せる(しかも出す)
- アイデア→出す(やたら多い)
- 主導権→ほしい(でも一応「ヨーロッパのため」と言う)
といった“高機能理想主義国家”の姿を体現している。
参考:
EU共通農業政策改革の内幕: マクシャリ-改革,アジェンダ2000,フィシュラ-改革 アルリンド クーニャ (著), アラン スウィンバンク (著)
EU・西欧 (世界政治叢書 第 2巻) 押村 高 (編著), 小久保 康之 (編著)
EUとフランス 安江則子(著)
ヨーロッパ統合史 名古屋大学出版会
- フランスは1966年にNATOの統合軍事機構を一時脱退し(2009年に復帰)、欧州独自の防衛戦略を重視してきた。
- PESCOは、リスボン条約第42条6項と第46条に基づき導入された制度で、参加国は義務的に防衛支出や能力開発への貢献を行う。
- フランスの核兵器は「フォース・ド・フラップ(Force de frappe)」と呼ばれる独自の抑止力であり、EU加盟国の中で唯一の保有国となっている。
- 「戦略的自律性」は、フランスが2017年以降、特に米国の信頼性に疑義が高まる中でEU防衛・経済・外交の独立を重視するために提起した概念。
- フランスはサハラ以南アフリカで20カ国以上を植民地支配しており、現在も通貨連携(CFAフラン圏)や軍事協力を通じて影響を残している。