EUにおけるフランスの影響力とは? 【第3回:文化】

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欧州連合・フランス

3. フランス文化とヨーロッパ統合

フランスほど、「文化」を戦略的に扱う国家は稀だ。
それは単なる誇りでも、見せびらかしでもなく、「国力とは文化の拡張である」という本気の信念に裏打ちされている。
EUにおける文化政策や統合の価値観の中にも、「フランス的なるもの」はしっかりと溶け込んでおり、それは政策というより空気のようなかたちで加盟国に浸透している。

EUを“経済共同体”から“文化共同体”へと進化させるため、フランスはさりげなくも強烈な影響力を行使してきた。
この章では、言語戦略、文化外交、教育支援という三方面からその「ソフトパワー帝国」の実態に迫る。


3-1. フランス語圏拡大とEUにおける文化戦略

フランス語は、EUの公式言語のひとつであるだけでなく、かつての“国際語”としての栄光を失っていないという扱いをフランス自身が今も大切にしている。
英語が実務のデフォルトになっても、「EUの理念はフランス語で語るべき」という価値観が根強く残っており、EUの公式文書や条約の初版原稿にはフランス語が第一言語として使われることもある1

さらに、フランスはフランコフォニー(フランス語圏)機構を通じて、アフリカ・カリブ・中東の仏語話者諸国とのネットワークを形成2。これがそのままEUの文化外交と連動しており、実はEUがアフリカ政策で仏語圏重視になるのも、この仕込みの成果だったりする。

ただし、英語圏の影響力がEUでも支配的な今、フランスはやや焦っている。ブレグジット後ですら「英語がEUの第一言語」になってしまったのは屈辱に近く、そこから「多言語主義こそEUの本質」という主張に全力を注ぐようになった

つまりフランスは、「EUにおける言語の多様性保護」の旗を掲げつつ、実際には「その多様性の中心にはフランス語があるべき」という、文化的アイデンティティ戦略を巧妙に展開している。


3-2. 映画・美術・ファッションで見るフランスの文化外交

フランスは「芸術の国」という自己イメージを、政治にまで組み込んでいる。
たとえば:

  • 映画支援:EUの「MEDIAプログラム」は、明らかにフランスの国立映画センター(CNC)をモデルに設計されている3
  • ルーヴル美術館を軸とした文化輸出:ABBAを生んだスウェーデンや、哲学的に渋いドイツに比べて、“展示で殴る”系の文化攻勢を得意とする
  • パリ・ファッションウィークなどのブランド外交:文化というより半分商業、でもやっぱり外交4

EUレベルの文化施策において、フランスは「芸術は商品ではない」という価値観を徹底しつつ、それを上手に商業と結びつけている。これをフランス語で言うと“le beurre et l’argent du beurre”(バターとバター代の両方欲しい)というらしい。いや欲張りか。

この結果、EU文化政策の中には「欧州の文化的例外(cultural exception)」という考え方が定着し、自由市場主義から芸術を守るルールが設けられた5。これもまた、フランス主導の成果である。


3-3. EU教育プログラムにおけるフランスの貢献

教育の分野では、フランスはEUに「ヨーロッパ市民という意識を育てよ」という理念を注入してきた。
その象徴が、あの有名なエラスムス・プラス(Erasmus+)6
EU圏内の学生が他国で学ぶためのこのプログラムは、フランスの教育理念――「文化の交差が人格を形成する」――をそのまま体現したような仕組みだ。

フランスは自国内でも留学生受け入れに積極的で、EU内で2番目に多くエラスムス学生を受け入れている国でもある(1位はスペイン)7

また、フランス語圏の大学とのネットワーク(AUF)を活用し、「EU教育=英語だけじゃない」という多言語教育のロビー活動もしている8
たぶん、英語の教育資料が増えるたびに、どこかで仏外務省が悔し涙を流してる。

EU市民としての一体感を高める上で、フランスの「文化としての教育」思想は今でも中心的役割を果たしている。
つまりフランスは、「文化人っぽい顔で、未来のヨーロッパ人を養成する」という、ある意味育成型文化帝国を地味にやっている。


まとめ:
文化という目に見えにくい分野で、フランスは実にエレガントかつしぶとい影響力を発揮している。
その戦略はこうだ:

  • 言語では「多言語主義」を叫びながら自分の言語を中心に置く
  • 芸術では「非商業主義」を訴えながらブランド価値を最大化
  • 教育では「ヨーロッパ市民」を育てながら自国文化の香りを染み込ませる

要するに、フランス文化はEUの中で“優雅に支配する方法”を知っている。

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参考:

EU共通農業政策改革の内幕: マクシャリ-改革,アジェンダ2000,フィシュラ-改革 アルリンド クーニャ (著), アラン スウィンバンク (著)

EU・西欧 (世界政治叢書 第 2巻) 押村 高 (編著), 小久保 康之 (編著)

EUとフランス 安江則子(著)

ヨーロッパ統合史 名古屋大学出版会

  1. たとえば、1957年のローマ条約(EEC創設)は仏語が第一記述言語だった。現在もEUの法令はフランス語・英語・ドイツ語の3言語を基本とする。
  2. 国際フランコフォニー機構(OIF)は88の加盟・準加盟国で構成され、教育・文化・ガバナンス・開発を目的とした協力を行っている。
  3. フランスの国立映画センター(CNC)は、課税制度を活用して映画制作支援を行う世界有数の文化補助モデルで、EUの文化政策の参考となった。
  4. パリ・ファッションウィークは「四大コレクション(パリ・ミラノ・ロンドン・ニューヨーク)」の中でも最も影響力があり、国際メディアや産業界の注目が集中する文化外交イベントでもある。
  5. 文化的例外(l’exception culturelle)は、文化産業を他の商業分野と区別して貿易交渉から除外する考え方で、1993年のGATT交渉でフランスが強く主張。
  6. エラスムス・プラスは1987年に始まったEUの教育・若者・スポーツ支援プログラムで、2014年から統合制度として「プラス」付きになった。
  7. 欧州委員会の報告書によれば、フランスは毎年約5万人のエラスムス学生を受け入れており、送り出す側としても上位。
  8. フランス語圏大学機構(AUF)は、フランス語を共通語とする教育・研究機関の国際ネットワークで、教育の国際化と多言語主義の推進を目的とする。

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