戦後から現代までの日本史【第一章/第三回】

1.3 教育改革と戦前からの断絶

目次

戦後から現代までの日本史:経済復興・文化・政治・社会の変遷【第一章/第二回】

戦後から現代までの日本史:経済復興・文化・政治・社会の変遷【第一章/第二回】

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1.3.1洗脳教育の崩壊と民主化への転換

戦後日本の再建において、最も根本的かつ不可避だった改革の一つが教育制度の刷新である。敗戦によって、それまでの国家主義・軍国主義教育が完全に破綻し、これを土台から組み替えることが求められた。というか、GHQに「今すぐその洗脳マシーン止めてくれ」と言われたようなものである。何しろ、教育は人間の思考を作り、社会の価値観を根づかせる道具だ。放置しておけば、また数十年後に「欲しがりません、勝つまでは」1が復活しかねない。だから、焼け野原の次に解体されたのが「思想」だった。


戦前の教育は、言ってしまえば国家による人格設計だった。「天皇のために生きる」「家の名を汚すな」「西洋文化は毒」といった価値観が、尋常小学校2から叩き込まれた。教育勅語が金ピカの額縁に収められて掲げられ、生徒は毎朝それを唱和し、国のために死ぬことが美徳とされた3。これはもはや教育というより国策洗脳番組。内容の善悪はともかく、それが知識ではなく「忠誠」を教えていたことは否定しようがない。

1.3.2教育制度と教科書の激変

これに対して、GHQと日本の教育関係者は、教育制度そのものを「民主化」する方針を打ち出した。具体的には、6・3・3・4制の導入(小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年)による学校体系の整備、男女共学の推進、教師の再教育、そして何より「教育の政治的中立性」を強く打ち出した4。「教育に国家の思想を持ち込むな」という発想は、戦前の教育を根本から否定するものであり、これは本当にでかい断絶だった。


また、教科書も大きく変わった。戦後すぐには「墨塗り教科書」という珍現象が発生する5。戦前の教科書の中で「皇国史観」や「軍事賛美」に関する部分に黒い墨を塗り、削除されたのだが、もはやホラー。真っ黒のページを前に子どもたちは何を学んだのか。「ここには何か書いてあった。でも見ちゃいけない」。


さらに、修身、国史、地理といった教科が大きく見直され、「市民道徳」や「社会科」といった新しい教科が導入された6。これらは従来の「国家に奉仕する個人」から「社会の中で自立する個人」への転換を意味しており、価値観そのものの移植だった。まるで人間の脳内OSを「帝国版」から「民主主義版」に強制アップデートしたようなもので、当然ながら混乱も起きる。教師も生徒も「え? 今まで教えられてたことって全部ナシ?」と困惑。教育現場は、ある意味で敗戦より大きなカルチャーショックに見舞われた。

1.3.3押しつけか、自発的改革か

ただし、この教育改革がすべて「外から押しつけられた」ものだったかというと、それも単純ではない。多くの教育者たちは、戦前の教育体制に対して疑問を持っていたし、特に若い世代の教師の中には、「やっと自由に教えられる」と歓迎する者も多かった。実際、GHQの指導のもとで新しい教育政策を形作ったのは、日本人の教育学者や官僚であり、つまり「使われたのは外圧だが、作ったのは内側の人間」だったケースが少なくない。


しかし、改革には反動もつきもの。保守的な勢力からは「伝統の軽視」や「愛国心の消滅」が懸念され、教育改革は以後、何十年にもわたる論争の種となっていく。「ゆとり教育」7から「道徳の教科化」8まで、現代まで続く教育論争の起点は、まさにこの戦後改革である。理想と現実、自由と統制、自立と協調――そのすべてが戦後日本の教育現場に詰め込まれ、未消化のまま引き継がれていくことになる。


結局、戦後の教育改革は「過去との決別」を目指した一大プロジェクトであった。そしてそれは単なる制度の変更ではなく、人間観そのものの転換でもあった。天皇のために生きるのではなく、自分の人生を考え、自分の頭で判断する――そんな教育を目指した。成功したか? うーん。少なくとも、「自分の頭で考える力」の養成はまだ道半ばと言わざるを得ない。がんばれ教育。がんばれ脳。

戦後から現代までの日本史:経済復興・文化・政治・社会の変遷【第一章/第四回】

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参考:

日本占領史1945-1952 – 東京・ワシントン・沖縄 福永 文夫 (著)

戦後日本教育史――「脱国家」化する公教育 貝塚 茂樹 (著)

ポスト戦後日本の知的状況 (講談社選書メチエ) 木庭顕 (著)

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