
7.4 働き方改革と人生100年時代の模索
目次
7.4.1 働き方改革関連法とは?制度導入と現場のギャップ
「働き方改革」という言葉が社会に浸透し始めたのは、2010年代中盤のこと。
安倍政権が旗を振り、厚労省が指南し、企業が渋々動き始めた。
パワーワード感のあるそのフレーズ、目的は明快――「働きすぎ社会・日本」を、少しだけ人間にやさしくしましょうねという取り組みである1。
が、当然のように一筋縄ではいかない。
なにせ相手は、長時間労働を美徳としてきた島国型資本主義である2。
戦後ずっと、「会社に人生を預けるのが立派」だとされてきた社会構造を、
「はい、明日からは定時で帰ってください」と言われてスムーズに変えられると思ったら大間違い。
それでも、「過労死ライン」という忌まわしい言葉が日常語として定着し、
2015年の電通社員の過労自殺事件などが社会に衝撃を与えたことで、
“このままじゃ本当にダメだ”という認識が広がり、改革への機運がようやく高まった3。
政府は「働き方改革関連法」を2019年に施行。
その中には、以下のような目玉政策が含まれている:
- 残業時間の上限規制(「月45時間/年360時間」を原則)
- 年5日の有給休暇取得義務化(強制休みってなんか響きが哀しい)
- 同一労働同一賃金の推進(ただし中身は実質“同じとは言ってない”)4
- テレワークや副業の促進(やれれば苦労しないシリーズ)
7.4.2 働き方改革の落とし穴:テレワークと副業の現実
制度としてはそれなりに整った。問題は実態が追いついていないことだ。
たとえば、有給の取得義務は達成したが、そのために有給前日に地獄の追い込み労働をするケースが続出5。
残業が減ったはずなのに、家に持ち帰る仕事が増え、“エア退勤”文化が爆誕。
テレワークを導入しても、「社内チャットの常時オンライン監視」が始まり、“見えない監視”で精神コスト倍増6。
あまつさえ、「副業OK!」と謳いながら、
「で、本業には支障ないよね?」というプレッシャーを添えてくる会社も少なくない。
要するに、働き方改革は、制度よりも“企業文化”と“上司の顔色”というラスボスが強すぎた7。
7.4.3 人生100年時代のリスキリング神話と現実の格差
そんな中、もう一つのキーワードが登場する。
それが「人生100年時代」という、ポジティブだけどどこかおとぎ話っぽい概念8。
長寿化が進み、定年後も30〜40年生きる可能性が高くなった今、
「じゃあ70歳まで働くか?」
「何度もキャリアをやり直すのが当たり前になるのか?」
という問題が浮上する。
ここで出てくるのが、リスキリング(学び直し)、副業・複業、越境キャリア、個人の時代など、未来っぽいキラーワードたち。
雑誌やビジネス書は「学び直せ」「独立しろ」「自分らしく生きろ」と囃し立てる。
だけど、現実には――
- そんな時間がない人
- そんな金がない人
- そんな元気がない人
- そして、そもそも何を学び直せばいいのか分からない人
が圧倒的多数である9。
つまり、「人生100年」の前提には、“個人に無限の自己管理能力とポジティブさがある”というファンタジーが含まれている。
実際のところは、将来に不安を感じつつ、日々の仕事に追われてアップアップしてるのが平均的労働者のリアルな姿だ。ではなぜ、こうまでして“働き方改革”が求められたのか?
それは、「経済が成長しない時代でも、人が生きやすくなる方法」を模索せざるを得なくなったからだ10。
つまり、「経済成長で幸せになる」という近代国家のロジックが使えなくなった以上、残された希望は、“働くこと”そのものの意味を変えることだった。
でもその試行錯誤は、今も続いている。
何かが決定的に変わったわけではない。
ただ、変わらないことへの違和感と、変えなければという焦りだけが、
じんわりと社会全体に染み出している。
参考:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析 野口悠紀雄(著)
なぜ、残業はなくならないのか 常見 陽平 (著)
未来のキャリアを創る リスキリング 小野 隆 (著)