
目次
2. EU政治におけるドイツの立ち位置
EUという政治的共同体は、理想に支えられた壮大なプロジェクトだ。だが現実は、理想だけでは回らない。加盟国の利害、歴史的背景、国民感情が複雑に絡み合う中で、誰かが舵を取らなければならない。さて、ここで名乗りを上げたのがドイツである1。(※フランスは理想を叫んでいた。)
「ヨーロッパ統合の推進者」として名高いこの国は、第二次世界大戦後、自らの過去と向き合いながら“国際協調のチャンピオン”を演じ続けてきた。演じてるって書いたけど、割と本気でやってるのがまた厄介。
結果として、EUの多くの制度設計にドイツの思惑が色濃く反映され、政治的なイニシアティブもほぼ常に彼らのものだ。
では、具体的にドイツはEU政治の中でどのような立ち位置を取っているのか。以下では、3つの視点からその“政治”を紐解いていく。
2-1. ドイツとフランスの「ヨーロッパのエンジン」関係
EUの政治的エンジンといえば、間違いなく「独仏枢軸(Franco-German Axis)」だ。ドイツとフランス、この二国が歩調を合わせることで、EUは進む。逆に言えば、この二国の関係がギクシャクすれば、EU全体がぎこちなくなる。まるで喧嘩中の両親を見ている子どもたち(加盟国)みたいな状態になるのだ。誰もが気を使って黙り込み、進展ゼロ。
歴史的に見ても、独仏はかつての戦争の敵同士でありながら、戦後は統合の原動力となった。1951年の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)2から始まり、現在のEUに至る道筋は、まさにこの両国の協力の結晶である。エリゼ条約(1963年)やアーヘン条約(2019年)といった協定により、政治、外交、安全保障の分野で連携を強化してきた。
ただし、理想のカップルにも倦怠期はある。ドイツの経済的な合理主義と、フランスの政治的理想主義は時にぶつかる。例を挙げれば、対ロシア制裁、軍事統合、エネルギー政策など、意見の相違は少なくない3。にもかかわらず、最終的には“折り合い”をつけてくるのがこのペアのすごいところ。
いわば、「離婚しない夫婦」なのだ。仲が悪くても、離れられない。EUにとってはありがたいような、ちょっとこわいような関係性。
そして、忘れてはいけないのは、ドイツが常に“後ろからフランスを支えている”ように見えて、実際にはかなり前に出ているということ。いわば、「あくまで共に」と言いながら、ドイツが事実上の指揮を執っている場面も少なくない。こうしてフランスは「対等なパートナー」としての威厳を保ちつつ、ドイツがそっとカバーしてくれる、みたいな構図になる。ええ、控えめに言って、ややあざとい。
2-2. EU拡大政策とドイツの主導権
ドイツは、EUの拡大(特に中東欧諸国の加盟)においても中心的な役割を果たしてきた。2004年の東方拡大では、チェコ、ポーランド、ハンガリーなど計10カ国が一気にEUに加わったが、これはドイツにとっては“戦略的な拡大”だった4。
地理的に近く、歴史的な関係も深い中東欧諸国は、ドイツにとって重要な経済圏であり、同時に政治的影響力を拡大するための“後方支援エリア”でもある。加盟国が増えればその分、EUの意思決定は複雑になるが、ドイツはそれを覚悟の上で推し進めた。というより「どうせ最後は俺がまとめるし」と思っていた節さえある。どこまでも長男気質。
とはいえ、拡大政策には負の側面もあった。移民の自由化による国内圧力、EU予算の再配分、民主主義の成熟度の差など、問題は山積み。ハンガリーやポーランドとの対立は象徴的で、「民主主義と法の支配」というEUの原則が揺らぎ始めている5。
この中でドイツは「原則を守らせるべきか、現実に合わせて妥協すべきか」というジレンマに立たされている。要は、教師として怒るか、親として諭すか、みたいなポジションだ。ちなみにどっちを選んでも文句は言われる。もうかわいそう通り越して、政治的カルマみたいな何か。
2-3. EU内対立とドイツの調整役としての役割
最後に、ドイツが担う“調整役”としての機能について触れておこう。EUには27の国があり、それぞれに国益、政治体制、文化的背景が異なる。そんな中で、誰かがバランスを取り、調整しないと何も決まらない。で、はい、またドイツの出番です。
例えばブレグジット。イギリスがEUを離脱する際、ドイツは表向き強硬姿勢を保ちつつも、水面下では粘り強く交渉に関与し、「合意なき離脱」だけは何としても避けようと動いていた6。つまり、「嫌われないようにしながら、みんなの面倒を見る」という、職場の空気読む係そのもの。給料上がらないのに。
さらに、南欧と北欧、東欧と西欧の利害対立でも、ドイツは常に“板挟み”に立たされている。どの国にも一定の理解を示しながら、最終的には現実的な妥協点を提示する。まさに「嫌われることを恐れず、でも少しだけ好かれたい」政治的八方美人。でも八方美人って、実際は一番疲れるやつですからね。
参考:
世界最強の女帝 メルケルの謎 佐藤 伸行 (著)
EU共通農業政策改革の内幕: マクシャリ-改革,アジェンダ2000,フィシュラ-改革 アルリンド クーニャ (著), アラン スウィンバンク (著)
ドイツを知るための60章 早川 東三 (著), 工藤 幹巳 (著)
ヨーロッパ統合史 名古屋大学出版会
- フランスも一貫してEU統合の理念を支えてきたが、ドイツは経済力と外交力を活かし、実務レベルでリーダーシップを発揮してきた。
- ECSC(European Coal and Steel Community)は、戦争の原因となった石炭と鉄鋼の生産を共同管理するために設立された初の欧州統合機構。
- 特にウクライナ危機以降、対ロシア政策をめぐる温度差が顕著となった。ドイツはエネルギー依存、フランスは軍事安全保障に重点。
- 2004年のEU拡大は「大拡大(Big Bang)」と呼ばれ、冷戦後のヨーロッパ再編の象徴となった。
- ハンガリーとポーランドは司法の独立や報道の自由などに関してEUの懸念を招き、欧州委員会から制裁手続きを受けている。
- 「合意なき離脱(No Deal Brexit)」はEUとイギリスの間で協定が成立しないまま離脱する最悪のシナリオで、経済的・政治的混乱が懸念されていた。