戦後から現代までの日本史【第二章/第二回】

2.2 新幹線と東京オリンピックの象徴性

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戦後から現代までの日本史【第二章/第一回】

戦後から現代までの日本史【第二章/第一回】

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2.2.1 世界へのリベンジ兼デビューイベント

1964年、日本はついに世界の舞台に“戦後の姿”をお披露目するチャンスを手にする。それが東京オリンピックであり、そしてもう一つの目玉が、世界初の高速鉄道として開業した東海道新幹線である1。どちらも、単なるイベントや交通機関ではなかった。彼らは、復興の証であり、技術力の象徴であり、そして「もう戦前とは違うんですアピール」の最終兵器だった。国を挙げた全力のセルフブランディング。言ってしまえば、1964年は日本が“現代国家としてのお披露目会”を開催した年なのだ。

まず、東京オリンピック。これは「日本が戦争責任を清算し、平和国家として再出発した」ことを国際社会にアピールするための最高の舞台だった。1940年にも一度、東京でオリンピック開催が予定されていたが、日中戦争の影響で返上2。あの戦争がなければ20年も早く開催されていた可能性もあるわけで、1964年はそのリベンジでもあった。ところがどっこい、リベンジというよりリブートだった。あらゆる面で、前回の戦争国家・日本とは別の国であることを、世界に見せつける必要があったのだ。

2.2.2 インフラ大改造と「未来都市」演出

そのため、都市整備は異常なレベルで行われた。高速道路3、地下鉄網、空港整備、ごみ処理施設、ホテルの建て直し。東京の都市インフラは、オリンピックを名目に一気に現代化された。昭和のDIY感溢れる町が、わずか数年で“未来都市”へと変貌を遂げる。ちなみにこの「オリンピックのために全部建て直せ」スタイルは、後に他国も真似するようになるが、初出はだいたいこの東京。歴史に残る大掃除だったと言ってもいい。

そして、東海道新幹線。開業は1964年10月1日、東京オリンピック開幕のわずか9日前というドンピシャのタイミング4。狙っただろ? もちろん狙ってた。東京から大阪まで約4時間かかっていた所要時間が、一気に2時間半に短縮。当時の最高時速は210km。これは当時の鉄道業界としては異次元の速さで、「弁当食べてたらもう名古屋かよ」と言われるくらい衝撃的だった。もっとも、乗車中の弁当はすぐ冷めたので、時間短縮だけがハッピーなわけでもなかった。

2.2.3 技術国家・ニッポンのセルフブランディング

それにしても、新幹線とは何だったのか? それは日本の工業技術が世界基準に達した証であり、同時に国家の「時間感覚」すら変えてしまうインフラだった。スピードと効率の象徴として、新幹線はその後の日本経済の価値観=“とにかく速く、正確に、遅れると恥”という、ブラック企業の美学みたいな倫理観を社会にインストールすることになる。おめでとう、日本。ここで「時間に厳しすぎる民族」の称号を手に入れた。

東京オリンピックと新幹線は、このようにして「技術・経済・平和」の3点セットを世界に発信した装置だった5。戦争に負け、焼け野原からスタートした国が、20年足らずでオリンピックを開催し、高速鉄道を走らせる――この物語は、世界から見ればまさに“奇跡”であり、国内から見れば“やればできる(ただし死ぬほど頑張れば)”の実例だった。

しかしながら、この成功には当然ながら無理もあった。労働者の長時間労働、住民の強制立ち退き、都市計画における無茶な進行など6、オリンピックと新幹線の光の裏には、負の側面も確かに存在していた。だが当時の日本社会においては、「とにかく前に進むこと」「世界に追いつくこと」が最優先事項だった。痛みは将来への投資、もしくは見て見ぬふり。昭和、強し。

1964年は、高度経済成長の中間地点における“自己肯定の年”であった。「自分たちはここまで来た」「戦争の記憶から抜け出しつつある」「世界と同じ土俵に立てた」――そんな空気が日本中に広がった。それは正しくもあり、幻想でもある。けれど、どんなに完璧じゃなくても、あのとき日本は「もう後ろは振り返らない」と本気で決めたのだ。

戦後から現代までの日本史【第一章/第一回】

戦後から現代までの日本史【第一章/第一回】

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参考:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
日本経済史1600-2000: 歴史に読む現代 浜野 潔 (著)
昭和経済史 中村 隆英 (著)
一九六四年東京オリンピックは何を生んだのか 石坂友司 (著), 松林秀樹 (著)
池田勇人とその時代 伊藤 昌哉 (著)
ポスト戦後日本の知的状況 (講談社選書メチエ) 木庭顕 (著)

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