
3. バブル経済期(1986〜1991):狂騒の絶頂と崩壊への道
1980年代後半、日本は世界史に残る異常事態を迎える。土地は「持ってるだけで金が増える魔法の板」、株は「とりあえず買っとけ」で10倍になり、世の中の空気がすっかり浮かれムード。これがいわゆるバブル経済期である。経済の実力以上に資産価値が膨れ上がり、人々は「永遠に上がり続ける」という幻想の中で踊り狂った。
背景には、日銀による金融緩和政策や円高不況への対抗策があり、「とにかく金を回せ」という方針が拍車をかけた。その結果、土地や株を中心に資産バブルが発生し、日本中が“金持ちごっこ”を始めた。実際、都心の一等地の地価は何倍にも膨れ上がり、「東京23区の地価でアメリカ全土が買える」とまで言われた(いや無理だろ、と思うのが普通なんだけど、当時は信じられていた)1。
この章では、金融政策から資産市場、消費と文化の大衆化、そして崩壊の過程まで、バブルという怪物の全貌を追っていく。豊かさは本物だったのか? それとも幻想だったのか? その答えは、たぶんどっちも正解だ。夢見て踊って、後で地面に顔から落ちる。バブル経済とは、日本が一度だけ見た巨大な夢と、その悪夢的な目覚めの物語である。
目次
3.1 日銀の金融緩和と土地神話
3.1.1プラザ合意後の円高対策として始まった金融緩和政策
バブル経済は突然に、ではなく、日銀(日本銀行)による金融緩和政策という地味なボタン押しから静かに始まった。きっかけは1985年のプラザ合意である2。アメリカの貿易赤字を是正するために、円高が急激に進むこととなり、日本は一気に「輸出が儲からない国」になった。そこで政府と日銀は「内需を拡大せねば!」と考え、金利をどんどん下げ、世に金をジャブジャブと流し込んだ。これがそもそもの始まり。ちょっと喉が乾いたから水を撒いたつもりが、町全体が水没するような展開である。
1986年から1987年にかけて、政策金利はどんどん引き下げられ、資金調達コストが下がったことで、企業も個人も「借りれば勝ち」モードに突入する。企業は資金を調達しやすくなり、個人は住宅ローンや投資資金を簡単に手に入れられるようになる。しかも銀行は「融資ノルマ」という名の狂気に取り憑かれ3、「貸せば貸すほど偉い」みたいな謎のカルチャーが浸透していた。審査? 担保? なんかあれば土地があるじゃん、という軽さ。
3.1.2バブルの温床「土地神話」と不動産価格の異常上昇
そう、ここで登場するのが「土地神話」である。これはもう、現代人から見ればほぼ宗教。「土地の値段は絶対に下がらない」「地価は右肩上がりが宇宙の法則」と信じられており、不動産はもはや投資というより札束製造機のように扱われていた4。特に都心部の地価は異常なまでに上昇し、ちょっとした空き地でも数億円レベルの値がついた。地面が金に見える時代である。怖い。
この異常な高騰は、地価が高いから銀行がたくさん貸す→たくさん貸すからさらに地価が上がる→以下ループ、という金融・不動産の無限エコーチェンバーによって加速した5。経済学的には「資産バブル」と呼ばれるが、実態は国民総・幻想共同体である。公務員も主婦も学生も、「親が土地を持ってる=勝ち組」の時代に生きていた。土地は住宅のためのものではなく、信用の象徴、資産のカタチ、家計の希望、そして老後のセーフティーネットとして、神棚に飾られていたのだ6。
3.1.3過熱する融資競争と政府・日銀の誤認識
ちなみに、銀行は企業だけでなく、個人にも積極的に不動産ローンを組ませ、マンション投資や別荘購入が「ちょっと背伸びしたレジャー感覚」で行われていた7。海の見える別荘? 週末にしか使わない? 全然OK! 土地さえあれば勝ち!――という認識が本当に一般的だったのである。いま聞くと完全にフラグだらけだが、当時はフラグにしか見えない塔をみんなで建ててた時代だった。
そして最も皮肉なのは、政府・日銀ともに、当初この加熱を「景気回復の好循環」として肯定的に評価していた点である8。要するに、「このままもう少し走れば、もっと良くなるんじゃない?」という無根拠なポジティブシンキングが、国レベルで流行していた。金融引き締めのタイミングを逃し続け、地価は上がり続ける。「さすがにそろそろヤバいよね…」という空気があっても、誰も止めない。というより、止められない雰囲気になっていた。自分も土地持ってるからね9。
まとめると、日銀の金融緩和は「経済対策」としては理にかなっていたが、それが想定を超えて市場に熱を生み、土地信仰と結びついたことで、異常な資産バブルというモンスターが誕生した。誰もが「これは実体経済とは違う」と気づいていたはずだが、利益が出る間は誰も目をそらさなかった。これはつまり、「全員で夢を見て、全員で落ちる」準備を着々と進めていたということでもある。
そしてその夢の代償が、やがて経済全体を飲み込むバブル崩壊として襲いかかってくるわけだが、それはまだ先の話。今はまだ、みんな目をキラキラさせて、不動産屋に走っている。週刊誌は地価ランキング特集を毎週やってる。地面の下に埋まってるのは宝じゃなくて、地獄だというのに。
参考:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
日本経済史1600-2000: 歴史に読む現代 浜野 潔 (著)
バブル:日本迷走の原点 永野 健二 (著)
日本不動産業史―産業形成からポストバブル期まで― 橘川 武郎 (編集), 粕谷 誠 (編集)
バブル文化論 原宏之 (著)
狂気とバブル チャールズ・マッケイ(著)、塩野未佳(訳)、宮口尚子(訳)
アッコちゃんの時代 林 真理子 (著)