
6.4 派遣村と社会の分断の象徴化
目次
6.4.1 年越し派遣村の設立と社会的インパクト
2008年の年末、東京・日比谷公園に「年越し派遣村」が設置された1。
それは、リーマンショック後の日本が直面した、社会的失敗のビジュアル的象徴だった。
炊き出しの列。体育館で寝る大人たち。段ボールにくるまりながら年を越す人々。
あまりに直視しづらいその光景は、「格差」や「非正規雇用」みたいな抽象的な言葉を、目の前の現実に引きずり出した。
この派遣村、もともとは有志のボランティア団体による支援活動だった。
年末年始に職を失い、住まいも失った人たちが行き場をなくす中、「せめて年を越す場所を」という目的で立ち上げられたもの。
しかし、予想をはるかに超える人々が詰めかけ、メディアは連日その様子を報道し、日本中が一瞬だけ、「この国に何が起きているのか」を直視することになった。
6.4.2 非正規雇用のリスクと“自己責任論”の台頭
問題の核心は、「なぜ“働いていた人たち”が、急に路上に出されているのか?」ということだ。
答えは単純明快である。それは、彼らが“派遣”だったからだ。
非正規雇用の労働者は、雇用契約が切れた瞬間に「無職」になる。
しかも、寮付きだった場合は、同時に「無住居者」になる2。
この構造が放置され続けた結果、「リーマンショックという外圧」によって一斉に噴き出した。
要するに、「彼らが困っている」のではなく、「そんな仕組みにしていた社会が異常」なのだ。
しかし、当時の世論は真っ二つに割れた。
- 「これは構造の問題だ、支援が必要だ」という共感の声
- 「自業自得、自己責任、なぜ備えていなかった」という冷笑の声
後者は特にネット上で目立ち、掲示板やコメント欄では
「派遣なんて選ぶのが悪い」「貯金もしないで文句を言うな」「国の世話になるのが当たり前になるな」
といった“切り捨て論”が飛び交った3。
この論調が象徴するのは、「社会の分断と共感の希薄化」である。
6.4.3 政府対応の限界と福祉システムの矛盾
一方、政治の動きはおそろしく鈍かった。
政府は一応、厚生労働省の施設を開放し、求職支援や生活支援を打ち出したが、「臨時対応」感が強く、根本的な構造改革には踏み込まなかった。
しかも、リーマンショックに端を発した景気の冷え込みに対し、公共事業や企業支援には力を入れたのに、個人のセーフティネットは“福祉扱い”で後回しにされた4。
働く人を守るという発想ではなく、働けなくなった人を「処理」するという発想だった。
つまり、国や自治体の対応は「どうすればこの人がもう一度ちゃんと働けるようになるか?」という再起支援の視点ではなく、
「この人をどう“管理”し、どう“制度の枠”に押し込むか」という、事務的で表面的な処理に偏っていた。
派遣切りされた人に対して、職業訓練の機会や就労支援よりも、一時的な収容や生活費の最小支給だけで終わらせる対応が目立った。
言い換えれば、「どう生きていけるか」ではなく、「今どうやって静かにしててもらうか」に重点が置かれていたのだ5。
支援策とは名ばかりで、それは実質「社会にこれ以上迷惑をかけずに、黙って存在していてください」というメッセージにも見えた。
支援ではなく“隔離”。救済ではなく“仕分け”。
ここに、当時の制度が人間を“生活者”ではなく“問題として処理する対象”と見ていた構造が浮かび上がる。
この時期、生活保護の申請者も急増したが、各自治体の窓口では「働けるならダメです」「住所がないから申請できません」という対応が相次いだ6。
どこにも属さず、どこにも戻れず、助けも受けられない――そんな“制度の谷間”に落ちる人たちが、確実に存在していた。
そして派遣村は、その後の「貧困ビジネス問題」「ネットカフェ難民」「生活保護バッシング」へとつながっていく。
つまり、可視化された問題に社会は驚いたが、深く向き合わずに放置したという歴史的証拠でもある。
派遣村は経済のクラッシュが「誰を真っ先に切り捨てるか」を決めた場面だった。
そして、日本社会はその時、迷わず「弱い人たち」から切ったのだ。
出典:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析 野口悠紀雄(著)
政党政治の混迷と政権交代 樋渡 展洋 (編集), 斉藤 淳 (編集)
最新版 改正労働者派遣法がわかる本 【全条文付】 大槻 哲也 (監修), 加藤 利昭 (著)
リーマン・ショック・コンフィデンシャル上 追いつめられた金融エリートたち 上下 アンドリュー ロス ソーキン (著), 加賀山 卓朗 (翻訳)
日本銀行と政治 金融政策決定の軌跡 上川龍之進 (著)
日銀漂流 試練と苦悩の四半世紀 西野 智彦 (著)
リーマン・ショック 元財務官の回想録 篠原 尚之 (著)
政権交代の内幕 上杉 隆 (著)
民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか? 神保 哲生 (著)