7.2 防災意識と地方の再評価
目次
7.2.1 地方の被害と暮らしの基盤喪失
東日本大震災は、日本にとって「地震が起きた」だけの出来事ではなかった。
それは、“都市中心の日本社会”が抱えてきた歪みを、津波とともにむき出しにした出来事でもある1。
津波で壊滅的な被害を受けたのは、東北の沿岸部――地方の小さな漁村や農村、そしてローカルなコミュニティだった。
そこには、東京のような大都市の便利さやスピードはなかったが、長年にわたり地域に根差した暮らしがあり、人のつながりがあり、静かだが確かな営みがあった。
だが災害は、それらを根こそぎにした。
家も、仕事も、学校も、役場も、“生活の基盤”そのものが一瞬で流されるという現実は、日本中に衝撃を与えた。
そして人々は問わざるを得なくなったのだ――
「そもそも、ここに住み続ける意味はあるのか？」
この問いが、結果的に「地方とは何か」「地域に住むとはどういうことか」という根源的な問いへとつながっていく。
7.2.2 地方移住ブームと都市生活の脆さ
震災以前、日本社会は一貫して都市集中型の価値観に傾いていた。
就職は都市部、教育は都市部、医療も都市部、エンタメも都市部。
東京一極集中は止まらず、地方は“過疎”とか“限界集落”なんて、まるで「消えるのが前提の土地」みたいなラベルを貼られていた2。
しかし、震災によって分かったのは、「都市も安全ではない」という事実だった。
交通インフラはマヒし、スーパーから物資が消え、計画停電が実施され、東京でさえ「日常」が簡単に崩れることが可視化された3。
便利さに寄りかかった都市生活は、“想定外”には案外もろい。
この気づきが、多くの人にとっての「地方の再評価」のきっかけになった。
・人と人の距離が近いこと
・自然とともに暮らすということ
・地域で助け合うということ
・“生きる”ことそのものに対する感度の高さ
そうした要素が、むしろ都市より地方にこそあった4。
震災をきっかけに地方移住を考える人が増えたのも、その文脈の一つだ。
7.2.3 防災都市計画と復興の課題
また、防災という観点からも大きな変化があった。
学校や自治体では、地震や津波の避難訓練がより現実的・実践的になり、ハザードマップや防災無線、災害情報アプリなども急速に整備された5。
企業も「BCP（事業継続計画）」を真剣に策定し始め、“いつか起こるかも”ではなく“いつか必ず来る”ものとして防災が扱われるようになった6。
そして、地方自治体の姿勢も変化した。
かつては「人を集めるための開発」に注力していたが、震災後は「人を守るための街づくり」へとシフト。
高台移転、津波避難タワーの整備、災害時のネットワークづくりなど、「生き残るためのインフラ」が重視されるようになった7。
一方で、課題も山積している。
被災地の復興は進んだようで、“かさ上げされた真新しい無人の土地”が広がるだけのケースも多く、
・「街は戻ってきたけど、人がいない」
・「復興住宅に住んでいても、元の暮らしには戻れていない」
といった“形だけの再生”が各所に残っている8。
つまり、防災も地方も、「やり直すこと」はできても「取り戻すこと」はできなかった。
それが震災の残した、静かで深い傷でもある。
まとめるならば、3.11以降の日本は、“都市だけが正解ではない”という価値観の揺れを抱えながら、
防災という「生きる知恵」と、地方という「もうひとつの可能性」に、ようやく目を向け始めたのだ。
参考：
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析 野口悠紀雄（著）
3・11 大津波の対策を邪魔した男たち 島崎邦彦 (著)
「想定外」の罠 大震災と原発 柳田邦男 (著)