戦後から現代までの日本史【第二章/第一回】

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戦後から現代までの日本史【第一章/第一回】

戦後から現代までの日本史【第一章/第一回】

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2. 高度経済成長期(1950〜1973):奇跡の復活劇

戦後の焼け野原から、わずか数十年で世界有数の経済大国へと変貌を遂げた日本――この急激な成長の軌跡は、しばしば「奇跡」と称される1。1950年代から1973年にかけての約20年間、日本は年平均で10%近い経済成長を記録し、国民の生活水準は飛躍的に向上した。戦後初期に見られた物不足、闇市、配給制などの混乱は過去のものとなり、自動車、テレビ、洗濯機といった「近代的生活」が現実のものとして庶民の手に届くようになったefn_note]この時期に家庭に普及した耐久消費財は「三種の神器」とも呼ばれ、家電の普及が生活水準の向上の象徴とされた。[/efn_note]。

だがこの成長は、単なる「運の良さ」ではない。アメリカの冷戦政策2、朝鮮戦争による軍需特需、政府による産業政策、国民の勤労意欲と貯蓄性向3、そして企業の猛烈な効率追求――あらゆる要因が複雑に絡み合いながら、日本経済を押し上げた。経済成長は都市を変え、人々の働き方を変え、価値観すら塗り替えていった。いわば、「全員で走り続けることを義務とされた時代」がここに始まったのである。もはや止まることが不安、というある種の“経済ジャンキー国家”の誕生だ。

この章では、朝鮮戦争による外的要因から始まり、東京オリンピック、新幹線開通、所得倍増計画、消費社会の形成、そして公害という成長の影といった流れを追いながら、「なぜ日本はここまで伸びたのか、そしてその代償は何だったのか」を検証する。キラキラして見えるこの時代の裏側には、案外、ドロドロしたものがたっぷり詰まっている。成功の陰には、常に誰かの目のクマと胃潰瘍がある4

2.1 朝鮮戦争と特需景気のインパクト

2.1.1 突然の経済エンジン始動と特需バブル

1950年6月、朝鮮半島で勃発した朝鮮戦争5は、日本にとって「戦後の終わり」と「経済復活の始まり」を同時にもたらす、極めて皮肉な転機となった。言い方は悪いが、隣国で戦争が始まったことで、日本はにわかに「重要拠点」に浮上し、これによっていわゆる“特需景気”が発生する6。これが日本経済を本格的に立ち上がらせた、いわば「戦後リハビリからの突然の全力ダッシュ」である。立ち上がるヒマすらなく、突然トップギア。

当時、日本はまだ本格的な産業復興を果たしておらず、経済は低空飛行。だが、アメリカは朝鮮半島での軍事行動のために、大量の物資・サービス・修理インフラを必要としていた。するとどうなったか。地理的にも経済的にも一番使いやすいのが、日本だったわけだ。こうして「米軍からの爆買い」が始まる。軍用トラックの整備、鉄道や道路の補修、食糧や衣類、軍需関連資材の供給――日本企業はこの需要を一手に引き受け、戦後最大の景気刺激を受ける。

2.1.2 景気と産業構造の変化

この特需は、単なる一時的な売上増にとどまらない。工場がフル稼働し、失業者が吸収され、企業は利益を内部留保と設備投資に回し、技術革新と生産性向上に資する資金が一気に流れ込んだ7。戦後の停滞感を一掃し、日本経済は「なんか、やればできる気がする」と思い始める。特需景気によって、1950年代のGDPは年率10%前後で成長し、「復興から成長へ」のスイッチが完全に入った瞬間でもある8

この時期、当時の大蔵省も「これはチャンスだ」と財政金融政策を見直し、産業構造の転換に着手していく。繊維や軽工業中心だった日本の産業は、ここから重化学工業へとシフト9し、後の高度成長への地盤を固めていく。つまり朝鮮戦争は、「ただの戦争」ではなく、日本の産業構造とマインドセットの基礎を変える巨大イベントだった。まるで隣家の火事で自分の家がリフォームされたような不思議な構図である。

2.1.3 ご都合主義の目覚めと特需後の試練

一方で、戦争を経済成長の起点にしてしまったという構造的矛盾も存在する。「平和憲法を持つ国が、戦争特需で栄える」というこの皮肉は、日本社会に複雑な影を落とした10。あくまで戦争には直接関与していないという建前のもと、裏方としてフル回転しながら「これは経済活動です」と割り切る感覚――これが後の「建前と本音の使い分け国家・日本」の文化土壌をさらに豊かにした感がある。うまく言えば現実的、悪く言えばご都合主義の始まりである。 

もうひとつ忘れてはならないのが、この特需が一過性のものであったという点だ。1953年、朝鮮戦争が休戦状態に入り、米軍の需要も減少すると、特需景気は収束し、「特需後不況」という反動がやってくる11。この経験が、企業や政府に「持続可能な成長路線の必要性」を突きつけ、計画的な経済戦略を促す動機にもなった。

結局、朝鮮戦争による特需は、日本経済にとって“神風”のような存在だった。本人は吹かれただけなのに、周囲から「いやー、よく頑張ったね」と言われるタイプの成功。もちろん、その風をどう利用したかが日本の底力だったわけだが、出発点に「他国の戦争」があったことを忘れてはいけない。戦後復興は、理想と現実が入り混じった複雑なプロセスであり、その最初の追い風が、皮肉にも銃声と爆発音に包まれた朝鮮半島から吹いてきたのだ。

戦後から現代までの日本史【第二章/第二回】

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参考:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
日本経済史1600-2000: 歴史に読む現代 浜野 潔 (著)
昭和経済史 中村 隆英 (著)
ポスト戦後日本の知的状況 (講談社選書メチエ) 木庭顕 (著)

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