戦後から現代までの日本史【第二章/第四回】

2.4 三種の神器と消費社会の誕生

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戦後から現代までの日本史【第二章/第三回】

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2.4.1「三種の神器」とは?戦後日本を変えた家電ブーム

高度経済成長期において、日本人の暮らしにもっとも劇的な変化をもたらしたのが、いわゆる「三種の神器」の登場である1。神器って言うと昔の神話アイテムかと思いきや、ここでいうそれは――白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫。昭和30年代、これらの電化製品は“新しい生活”の象徴として、日本中の家庭の憧れとなり、同時に消費社会という新たなモンスターを誕生させた。

1950年代後半から1960年代にかけて、日本の平均所得が上昇する中、家計に余裕が生まれ、人々は「ただ生きる」ことから「より快適に暮らす」ことへと価値観をシフトしはじめた。そのとき登場したのがこの三神器。単なる便利グッズではなく、これは生活の格を上げるアイテムであり、「我が家にもテレビが来た!」という事実が、どれほどのステータスだったか。今の感覚で言えば、「車買った」より「テレビ買った」の方が話題性があったくらいである。マジで一家総出で電気屋の納品トラックを迎える時代。

2.4.2白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫が変えた家庭の生活

テレビは、特にその影響力が絶大だった。白黒とはいえ、スポーツ中継、歌番組、ニュース、そしてお笑い――人々は茶の間で同じ画面を眺め、笑い、泣き、怒った2。国民全体が同じ番組を見ていたというその“共有体験”は、現代ではもはや再現不可能な規模である。「今日は巨人戦あるから夜は出かけない」なんて発言が普通に成立していた時代だ。つまり、テレビとは一種の新しい神棚。置き場所も、空気も、家庭内ヒエラルキーも、こいつのために調整された。

洗濯機と冷蔵庫もまた、家庭内労働を劇的に変えた。洗濯板でゴシゴシやっていた時代に、スイッチ一つで勝手に洗ってくれる機械が登場したのだから、そりゃもうカルチャーショックである。冷蔵庫も同様で、「食材を一日で使い切らなくていい」という発想は、家庭料理の幅を爆発的に広げた3。ついでに言えば、余ったごはんを腐らせて泣く日々ともお別れ。泣いていいのは演歌の時間だけになった。

2.4.3消費社会の始まりと「豊かさ」の価値観形成

この三種の神器は、単に生活を便利にしただけでなく、消費こそが豊かさの証明であるという、新しい価値観を日本社会に植え付けた。つまり「持っていること」がステータス、「ないこと」は貧しさの象徴になっていく。これが後のカラーテレビ、クーラー、自家用車(昭和の“新・三種の神器”)への流れを生み4、家庭はどんどんハードウェア重視に偏っていく。暮らしは進化した。だが、その分、「物を持っていないと幸せではない」という呪いも強化されていった。

そして、この流れはやがて社会全体を「大量生産・大量消費」のモードに巻き込んでいく5。企業は消費を煽るようになり、宣伝は洗練され、マスメディアは夢の生活を演出し、主婦たちは家計簿片手にそれに乗っかる。いわば日本全体が“欲しいものを持つために働く”という巨大な消費サイクルに突入したのだ。お金を稼いで物を買い、その物によって幸福を実感する――それが「普通」とされる時代。それ以外の幸福の形は、だんだん見えなくなっていった。

このようにして、三種の神器は生活の利便性だけでなく、日本人の意識構造まで作り変えた。そして気づけば、「買うこと」が「生きること」と同義になっていた。昭和の人々が目指した“幸せな暮らし”は、実は毎月の分割払いと保証書の上に成り立つ夢だったのかもしれない。

それでも、当時の人々にとっては、確かにあれは夢だった。家にテレビが来て、冷蔵庫がうなりを上げ、洗濯機が回る音を聞きながら、ごはんを食べる――それは「復興が本当に実った」と実感できる瞬間だった。そして、日本が“生活の質”を国民規模で追求し始めた最初の時代だったとも言える。

戦後から現代までの日本史【第二章/第五回】

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参考:
戦後日本経済史 日本経済新聞社 (編集)
日本経済史1600-2000: 歴史に読む現代 浜野 潔 (著)
昭和経済史 中村 隆英 (著)
池田勇人とその時代 伊藤 昌哉 (著)
消費者と日本経済の歴史-高度成長から社会運動、推し活ブームまで 満薗 勇 (著)
ポスト戦後日本の知的状況 (講談社選書メチエ) 木庭顕 (著)

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